みその農園代表の仁木浩之(ニキヒロユキ)です。 

 

 私は小松島市で生まれ育ちました。若いころは田舎よりも都会にあこがれを抱き、レストランやホテルなどで調理師として働いていました。パティシエとしてケーキづくりにたずさわっていた時期もあります。もともと家族が育てた新鮮な野菜や果物を口にしていましたので、素材のよしあしはよくわかります。そしてある日、自分の人生を大きく変える玉子と出会ったのです。

 

 それは狭いケージで育てられたニワトリではなく、太陽の光をたっぷりあびて緑の草を自由に食べている放し飼いのニワトリの玉子だったのです。その味はあきらかに市販の玉子とは異なっていました。ケーキの材料に使いたかったので何度も足を運び売ってくれるようたのんだのですが、生産量が限られているという理由でことわられました。「どうしても買えないのなら自分でニワトリを育てればいい!その玉子で最高のケーキをつくるんだ」という一念で、生まれ育った小松島市にもどりました。

 

 それは1992年のことでした。まずはじめに150羽のひよこを購入しました。ニワトリたちは順調に玉子を産み始めたので、鶏舎も自分で建築し600羽まで増やしました。鶏糞は肥料に活用できるので有機栽培で野菜を育てることにしました。こうして調理師ではなく農業を生業にすることとなったのです。

 

 1995年には米とみかん、キウイなど果樹の有機栽培も開始、その後もこつこつと開墾を続け2004年にはブルーベリーの苗木も植えました。それは自分の畑のクズ米、クズ野菜を鶏に食べさせ、鶏の自家製完熟鶏糞で農作物を育てる循環型の有機農業の実践だったのです。

 

 その一方で妻が2004年からお菓子作りをはじめ、2006年からは販売も開始することになりました。おいしいケーキを食べてもらうという夢は少し遠回りをすることになりましたが、叶えることが出来ました。

 

 みかんは立地条件に恵まれているせいか甘味は上々です。ところが自分が理想とするみかんの味とはどこか違っていました。病気や病害虫にやられて、ほとんど収穫できない年もあったのです。山の中で自生している木の実は肥料や消毒など人の手がかかっていなくてもきれいな実を結んでいるのに、なぜ病気にかかるのか、ずっと悩みはつきなかったのです。

 

 

 そんなある日のこと、本屋でぐうぜん木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」を手にしたのです。読みすすめるうちに衝撃が走りました。自分が感じていた疑問の答えがそこにありました。自然の果樹との違いは肥料にあったのだと感じたのです。


 自分も肥料も農薬も使わない栽培法、自然栽培(自然農法)をやってみよう!と思ったものの、数年間は収穫量が減ることが予想されたのでいきなりすべてを自然栽培に転換はできませんでした。しかし自分を信じて2009年から2012年までに、米、小麦はすべて自然栽培に転換しました。

 

 ブルーベリーやレモン、甘夏、びわ、梅、柿もすべて自然栽培に。そして野菜畑、キウイ、みかん畑の一部も肥料をやめ、自然栽培に転換し、試験しながら徐々にその面積を増やしてきたのですが、

 

2015年春、意を決し!すべての果樹に肥料・農薬を施すことをやめました。

 

 

 

 1)自分が食べたいと思うものしか栽培しません。

   そして大人も子供も、みんなが安心して食べられるものしか販売しません。

 

 

 2)化学肥料、農薬、除草剤は使用しません。

   みかん畑の一部にのみ薄めた食酢を散布しています。

 

 

 3)一般に用いられている厩肥(きゅうひ)はそれに含まれる薬剤(抗生物質など)や

   飼料添加物が何年にもわたり大地に悪影響を与えるおそれがあります。

   自然の摂理に反する厩肥は使用しません。

   (一部の野菜畑にのみ3年以上発酵させた自然養鶏の完熟鶏糞を使用しています)

 

   *厩肥とは 家畜の糞尿(ふんにょう)などを混ぜて腐らせた有機質肥料。

         たとえば鶏糞、豚糞、牛糞

 

豊かな自然が残る四国、徳島県小松島市。四国霊場第十九番札所、立江寺(たつえじ)からほど近い山麓に「みその農園」はあります。